ブリコラージュとイノベーション戦略——「あるもので間に合わせる」思考法
レヴィ=ストロースが『野生の思考』で名づけたブリコラージュは、計画から始めるエンジニアと対照的に「手元の素材」で新しいものを作る思考法だ。制約こそが創造のエンジンになるこの発想は、スタートアップのピボットからプロダクト設計、アーティストの実践まで、イノベーションの本質的なメカニズムを説明する。
1962年、フランスの文化人類学者クロード・レヴィ=ストロース(Claude Lévi-Strauss, 1908–2009)は『野生の思考(La Pensée sauvage)』の中で、人間の思考の二つの様式を対比させた。
一方は「エンジニア(ingénieur)」。プロジェクトを構想し、必要な材料と道具を調達し、設計通りに構築する。合理的で計画的。
もう一方は「ブリコルール(bricoleur)」。手元にあるものを使って何とかする。目的は後から決まり、道具は転用され、材料は以前の用途の記憶を引きずりながら新しい文脈に入る。
フランス語の動詞「bricoler」は、もともと「行ったり来たりして」「間に合わせで」という意味を持つ。ブリコルールは計画を先行させない。あるものの中から可能性を引き出し、即興的に新しいものをつくる。
アーティストはブリコルールである
レヴィ=ストロースはこの概念を神話的思考の分析に使ったが、美術史を振り返ると、アーティストの実践はブリコルールの典型だと気づく。
マルセル・デュシャン(Marcel Duchamp)の「レディメイド」は、既製品(瓶乾し、小便器、自転車の車輪)をそのまま美術作品として提示した。道具は転用される。文脈が変わると、意味が変わる。
ロバート・ラウシェンバーグ(Robert Rauschenberg)の「コンバイン」は、絵画の表面にタイヤ、詰め物をした山羊、ラジオ、新聞紙を貼り込んだ。廃棄物、拾い物、在庫処分品——それらが組み合わさって新しい論理を持った作品になる。
カート・シュヴィッタース(Kurt Schwitters)は、電車の切符、針金、ボタン、印刷物の断片を貼り合わせた「メルツ(Merz)」と呼ぶコラージュを制作した。ゴミを素材にする。ブリコルールは捨てない。後で使えるかもしれないという予感で取っておく。
ブリコルールの在庫は、「いつか何かに使えるかもしれないもの」の集積だ。 その境界は事前には決まらない。
スタートアップのピボットという名のブリコラージュ
ビジネスの世界で「ブリコラージュ」という言葉は使われないが、動き方は同じだ。
インスタグラムは、もともと位置情報チェックインと写真共有を組み合わせた「Burbn(バーン)」というアプリだった。2010年、ケビン・シストロムとマイク・クリーガーはユーザーの行動を観察し、写真機能だけが使われていることに気づいた。他の機能を捨てて、写真に絞った。Burbnの既存コードを素材として、インスタグラムをつくった。計画ではなく観察から、手元のコードから、新しいプロダクトが生まれた。
スラックは、ゲーム会社「グリッチ(Glitch)」が社内で使っていたコミュニケーションツールだ。ゲーム自体は2012年にサービス終了したが、その過程で使い込まれたチャットツールが残った。ゲームというプロジェクトの「廃材」が、別の文脈で生きた。ブリコルールは何も捨てない。
3Mのポスト・イットも同じ構造を持つ。スペンサー・シルバーが1968年に開発した粘着剤は、「弱すぎる」として用途が見つからなかった。6年後、アート・フライが讃美歌集から落ちるしおりに困り、その弱い粘着剤を転用した。失敗の素材が、新しい文脈で力を発揮する。
ブリコラージュのロジック——「制約」が設計の幅を決める
なぜブリコラージュがイノベーションの文脈で注目されるのか。
答えは逆説にある。制約が多いほど、創造の可能性が増す場合がある。
エンジニアの思考は「必要なものを全部用意してから始める」。つまり制約を排除しようとする。一方、ブリコルールは「あるものから始める」。手元にあるものが何であれ、そこから可能性を探す。
この違いが決定的になるのは、速度と未知の組み合わせが激しい領域だ。何が必要かわからない段階で「全部揃えてから」は機能しない。Burbnは「完璧なソーシャルアプリ」を最初から設計したのではなく、あるものを使いながら、ユーザーの反応を見て、手を動かして形を変えていった。
起業家研究者のサラス・サラスバシー(Saras Sarasvathy)がエフェクチュエーション理論で提唱した「手中の鳥の原則(Bird-in-Hand)」も同じ発想だ。「自分は何者か」「何を知っているか」「誰を知っているか」——この三つから始め、外部資源を最小限にしながら前に進む。ゴールは後から決まる。
「素材の記憶」を活かす設計
ブリコラージュのもう一つの特徴は、素材が「記憶」を持ってくるという点だ。
ラウシェンバーグのコンバインに組み込まれたタイヤは、見る者に「タイヤだった時の記憶」を呼び起こす。それが新しい文脈との衝突を生み、意味の摩擦が生まれる。この摩擦がアート体験の核心だ。
ビジネスの素材にも同じことが起きる。別の業界の慣行を持ち込む、廃れたアナログの手法をデジタルに転用する、失敗したプロジェクトの技術を別の文脈に持ち込む——素材の「出自」が、新しい組み合わせに独自のテクスチャーを与える。
全く均質な新素材だけで組み立てられたプロダクトより、異質なものの組み合わせの方が「なぜこれが一緒に?」という問いを生む。その問いが、競合に模倣されにくい独自性を作る。
エンジニアとブリコルールの組み合わせ
レヴィ=ストロースはどちらが優れているとは言わなかった。二つは異なる条件で異なる強みを発揮する。
大規模なインフラ、長期的なロードマップ、品質の均一性が求められる領域ではエンジニア思考が強い。一方で、スタートアップの初期フェーズ、新市場への参入、前例のない問いへの対応では、ブリコルールの即興性が機能する。
優れた組織は両方の思考様式をコンテキストに応じて使い分ける。問題は「どちらを使うか」ではなく、「今どちらが必要か」の判断だ。
関連記事: ブリコラージュ(用語解説) — レヴィ=ストロースによる概念の哲学的説明。デュシャン的レディメイドの事業ピボット理論 — 既製品という思想がビジネスに示す逆転の論理。アジャイルなチームとアート思考 — プロセスとしてのアート思考の実践論。
参考文献
- Lévi-Strauss, C. (1962). La Pensée sauvage. Plon. / English translation: The Savage Mind (1966). University of Chicago Press. — ブリコルールとエンジニアの対比の原典
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and Effectuation: Toward a Theoretical Shift from Economic Inevitability to Entrepreneurial Contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263. — エフェクチュエーション理論の主要論文
- Baker, T., & Nelson, R. E. (2005). Creating Something from Nothing: Resource Construction through Entrepreneurial Bricolage. Administrative Science Quarterly, 50(3), 329–366. — 起業家的ブリコラージュの経営学的分析
- MoMA: Robert Rauschenberg — Combines — ラウシェンバーグ作品の情報
- 3M History: The Birth of Post-it Notes — ポスト・イット開発の経緯