書評『Artful Making』ロバート・オースティン&リー・デヴィン — 演劇の制作論が解く「予定調和の罠」
ハーバード・ビジネス・スクール教授とスワースモア大学の演劇教授が共著した異色のマネジメント書。演劇の稽古・本番サイクルから「反復と即興の経営学」を抽出し、産業的製造とは根本的に異なる創造的プロセスの論理を示す。
「最初から正しく作れ(Get it right the first time)」——この言葉は、多くのビジネスプロセスの暗黙の前提です。計画を立て、仕様を固め、その通りに実行する。これは製造業の文脈では確かに正しい。しかし、創造と革新が求められる仕事では、この前提が致命的に機能しないことがある。
ロバート・オースティンとリー・デヴィンの共著『Artful Making』(2003年)は、この問いを演劇の舞台制作から解いた異色の一冊です。
2人の著者という組み合わせ
この本の異質さは、著者の組み合わせから始まります。
ロバート・オースティン(Robert Austin)はハーバード・ビジネス・スクールのテクノロジー・オペレーション管理学の教授。リー・デヴィン(Lee Devin)はスワースモア大学の演劇学名誉教授であり、ペンシルベニア州のピープルズ・ライト・シアター・カンパニーのドラマターグとして30年以上の現場経験を持ちます。
ビジネスと演劇。一見無関係に見えるこの二者が、複数年にわたる共同研究を経て「創造的な仕事の構造的類似性」を発見しました。本書はその成果です。初版は2003年4月にFinancial Times/Prentice Hallから刊行されました。
「産業的な作り方」と「アートフルな作り方」
本書の核心は、2つの「作り方」の対比にあります。
産業的な作り方(Industrial Making) の原則は明快です。計画と実行を分離して専門化する。仕様(ブループリント)を先に確定し、その通りに従う。すべての工程を始める前に、すべての工程が終わられることを確認する。「最初から正しく作れ」。
これは製品の再現生産には有効な設計です。同じ品質の製品を、コストと時間を最小化しながら大量に生産する——このミッションには、産業的な作り方が適しています。
アートフルな作り方(Artful Making) は、まったく異なる論理で動きます。
演劇の稽古を考えてみてください。初稿の台本は、本番の台本とは別物です。稽古を重ねるたびに、俳優の解釈によって台本の意味が変わる。演出家はその変化を受け入れ、意図的に取り込む。繰り返す(iterate)たびに、前の繰り返しで学んだことを組み込みつつ、また新しい何かを試みる。
オースティンとデヴィンはこれを「再構想しながら反復する(reconceive during each iteration)」と表現します。計画に従うのではなく、実行の中で発見したことによって計画そのものを更新し続ける。
なぜビジネスに必要か
著者たちが指摘するのは、現代ビジネスの多くが「産業的な作り方」の文脈では解けない問いに直面しているという事実です。
ソフトウェア開発、新製品のコンセプト設計、組織変革、マーケティング・キャンペーン——これらはすべて、「正解」が先にない。やってみて初めてわかることが、過程に積み重なっています。しかしプロジェクト管理のツールは多くが産業的な作り方の前提で設計されています。マイルストーン。仕様凍結。変更管理。これらの概念は、再構想しながら反復する仕事と根本的に相性が悪い。
演劇の舞台制作は、期日が絶対に動かせないという点でビジネスとの類似性が際立ちます。初日の幕は絶対に上がる。しかし、演目が完成した形になるのは稽古の連続の先——出来上がりを事前に完全には設計できない。期日が固定されていても、成果物の形が反復の中で変容するプロセスを管理するという点で、演劇はビジネスの優れたモデルになります。
「開放型コラボレーション」の設計
本書が示すもう一つの重要な知見は、アートフルな作り方が機能するための組織の条件です。
演劇の稽古場には「今出てきたアイデアを安全に試せる」という空気があります。失敗しても即座に学びに転換できる信頼感。階層的な命令系統よりも、誰もが貢献できる開放性。これを著者たちは「アートフルな作り方に適した組織条件」と呼びます。
ビジネスの文脈に置くと:新しいアイデアを出すことが称賛されるか、非難されるか。実験的な試みが「失敗」として記録されるか、「学習」として活用されるか。組織の安全性のデザインが、アートフルな作り方の実現可能性を左右します。
「両方を使い分ける」という成熟
著者が強調するのは、アートフルな作り方が産業的な作り方に「取って代わる」ものではない、という点です。
すべての仕事をアートフルに進めれば良いというわけではない。同じ品質のボルトを100万本製造するタスクは、産業的な作り方の方が圧倒的に合っています。問われるのはどちらをいつ使うかの判断力——この見極め自体が、マネジャーの創造的な能力です。
本書の最も実践的な問いは、「あなたのプロジェクトは、産業的な作り方が前提の管理ツールで管理されているが、実は本質的にアートフルな作り方を必要としているのではないか」というものです。
アート思考との接点
本書は「アート思考」という語を使いませんが、その内容はアート思考の実践論として読み解けます。
反復と再構想の繰り返し——これはアート思考の5ステップ実践プロセスで言う「小さな実験と観察」の構造と同型です。「正解のない問いへの向き合い方」としてのネガティブ・ケイパビリティも、アートフルな作り方の根底に流れています。「仕様を先に固めない」という姿勢は、アーティストが制作の途中で自分の問いを更新し続けるプロセスと共鳴します。
書評『美的思考』ポーリーン・ブラウンが「感覚的体験の質を経営の中枢に置く」ことを論じているとすれば、本書は「創造的プロセスの管理方法を演劇から学ぶ」という実装論です。理論と実践の両輪として読むことで、相互の深みが増します。
この本が残す問い
「あなたのチームは今、産業的な作り方の論理で、アートフルな作り方を必要とする仕事を管理しようとしていませんか。」
ガントチャートと仕様書が支配する会議室。そこにこの問いを持ち込む余白を作ることが、本書の最も価値ある使い方です。
書誌情報
- Austin, R., & Devin, L. (2003). Artful Making: What Managers Need to Know About How Artists Work. Financial Times / Prentice Hall. ISBN: 978-0-13-008695-2.
- 序文(Foreword): エリック・シュミット(当時Google CEO)
- 邦訳未刊行(2026年現在)