市民共創型の公共サービス設計にアート思考を応用する
行政サービスの設計に市民共創×アート思考を組み合わせると何が変わるのか。問いの再構成、複数視点の統合、表現による合意形成という3つの機能を軸に、公共セクターでの実装プロセスと組織的障壁を掘り下げる。
公共サービスの設計に「市民の声を聞く」という手続きは、すでに多くの自治体が採用している。しかしその多くは、あらかじめ固められた設計の枠内で意見を収集するにとどまる。市民は「答える側」に置かれ、問いそのものを問い直す機会は与えられない。
アート思考がここに持ち込めるのは、問いを立て直す力——まだ言語化されていないニーズを表現可能な形に引き出し、利害関係者の間に複数の視点を共存させ、それを合意に向けて編み直すプロセスだ。これは市民参加の「量」を増やす話ではなく、参加の「構造」を根本から変える話である。
行政サービス設計に潜む「問いの固定化」
公共サービスは、法令と予算と担当所管という三角形の内側で設計される。その構造は安定性と説明責任を生む一方で、問いの起点を固定しやすい。「この制度をどう使いやすくするか」「この窓口をどう効率化するか」——設計の根本にある問いは問われないまま、改善の議論が進む。
デザイン思考の文脈では「問題の再定義(problem reframing)」という言葉でこの構造を指摘してきた。サービスデザインの研究者は、最も解くべき問題は往々にして当初設定された問題とは違う場所にあると繰り返し述べている。行政の文脈でこれが難しいのは、問いを変えることが政策そのものの見直しに直結するからだ。担当者個人の裁量でできる範囲を超えてしまう。
アート思考はここで別の経路を提供する。問いを正面から問い直すのではなく、表現を通じて問いの形を変えるという迂回路だ。ワークショップで「理想の公共空間を粘土で作ってください」と言われた市民は、言語で制約された枠組みを外れて、じつは安心感や居場所感や人とのつながりを造形している。その造形物を起点に対話が始まるとき、問いは「この施設をどう改修するか」から「人々がここに求めているものは何か」へと静かに移行する。
複数視点を「同時に存在させる」技術
市民共創の現場で起きやすい問題に、声の偏在がある。時間的に参加しやすい層の意見が集まり、そうでない層の視点は代表されない。行政職員とシニア層と子育て世代と移住者と長年の住民では、同じ場所・同じサービスに対してまったく違う経験を持っている。これを「統合して結論を出す」ことが共創の目標になると、もっとも声の大きな意見か、もっとも無難な妥協点か、いずれかに収束しやすい。
アート思考が提案するのは、この収束を急がないことだ。矛盾する複数の視点を一枚の平面に並列させ、そのまましばらく存在させる。これはキュビズムが一つの対象を複数の視点から同時描写したことと構造が似ている——どれが「本当の」姿かを決めるのではなく、複数の見え方が一つの現実を構成しているという認識を持続させること。
実装レベルでは、これはビジュアルマッピングやサービスブループリントの形をとる。市民の経験を時系列と感情の二軸で可視化すると、担当者には「問題なく動いている」と見えている部分に、利用者にとって強いフラストレーションが集中していることが視覚的に現れる。言語で説明するより、地図として見ることで認識のズレは共有しやすくなる。
重要なのは、この視覚化が「答えを出す」ためではなく「問いを共有する」ために使われる点だ。地図を前にした行政職員と市民は、はじめて同じ問いを見ている状態になる。
表現による合意形成:「決める」前の段階をデザインする
公共サービスの合意形成は、多くの場合「説明会」という形をとる。行政が用意した案を説明し、質疑を受け、意見書を回収する。このプロセスは手続きとしては民主的だが、参加者が実際に設計に影響を与えられる感覚は薄い。合意というより承認に近い構造になりやすい。
アート思考が示す別の経路は、合意の前に「表現」の段階を設けるというものだ。ここで言う表現は、アートとしての自己表現ではなく、まだ形になっていないニーズや懸念や期待を、言語以外の媒体——写真、スケッチ、物語、身体的なロールプレイ——を通じて外に出す行為を指す。
この段階を設けることで、言語化が苦手な人や、抽象的な政策文書を読み解くことに慣れていない人が、実質的に設計プロセスに参加できるようになる。表現されたものを素材として設計チームが扱うことで、「市民の声を聞いた」という既成事実ではなく、「市民の視点が設計の素材になっている」という実態が生まれてくる。
北欧を中心に積み重ねられてきたパーティシパトリー・デザインの実践は、この「表現の段階」を設計プロセスに組み込むことで、最終的な合意の質が変わることを繰り返し示してきた(Hillgren et al., 2011)。反発が少なくなるのではなく、反発の内容が具体的になり、対処可能になる。
行政組織における実装の障壁
アート思考と市民共創の接続が理念的に正しくても、行政組織の中での実装には固有の障壁がある。
時間軸の問題がある。アート思考的なプロセスは「発散→収束→表現→対話」という非線形な動きをとるが、行政の計画サイクルは年度単位で区切られている。来年度の予算要求に間に合わせるためには、秋までに方針を固めなければならない。じっくり発散している余裕は制度的にない、という構造だ。これに対して有効なのは、平常業務の中に小さなアート思考的実践を組み込むことで、年度初めから積み上げを始めるという方法だ。大きなワークショップよりも、日常的な庁内対話の質を変えることに注力するほうが持続可能な場合が多い。
評価指標の問題もある。市民共創の成果は参加者数や満足度アンケートで測られやすいが、問いの質が変わったことや、見えていなかった視点が設計に組み込まれたことは数字にしにくい。担当者が「このプロセスは価値があった」と確信していても、上位への説明材料が乏しいと継続が難しくなる。アート思考的プロセスを導入する際には、プロセスの途中で何が変わったかを記録する定性的なドキュメンテーションを、最初から設計に含めておく必要がある。
専門性の分断も見逃せない。サービスデザインの専門家、行政職員、市民、それぞれの言語と関心は異なる。外部のファシリテーターが進める共創ワークショップが終わったあと、得られた素材を実際の設計に落とし込む段階で担当職員が途方に暮れる、というケースは少なくない。これを防ぐには、ワークショップを行政職員の能力開発の場としても設計することが鍵になる。外から持ち込まれるツールではなく、内側から使える思考法として定着させることが、長期的な効果をもたらす。
問いが変わると、何が変わるか
市民共創にアート思考を接続する試みの核心は、効率化でも参加者増でもない。サービスを設計する際に立てる問いの質を変えることにある。
「この手続きをどうデジタル化するか」という問いと、「人々がここに何を求めているか」という問いでは、辿り着く設計がまったく異なる。前者は既存サービスの改善を生み、後者はサービスの前提を問い直す可能性を持つ。両方が必要であることは言うまでもないが、公共セクターでは前者に偏りやすい構造がある。
アート思考は、後者の問いに向かうための手段だ。表現を通じた発散、複数視点の並列、対話による意味生成——これらは美術教育の語彙で語られることが多いが、その構造は公共サービス設計の文脈でも有効に機能する。行政という場所が持つ「問いを固定しやすい」という構造的傾向に対して、アート思考は別の回路を開く。
市民が答える側から問う側に移行するとき、共創という言葉は手続きを超えて実態を持ち始める。
参考文献
- Sanders, E. B.-N., & Stappers, P. J. (2008). Co-creation and the new landscapes of design. CoDesign, 4(1), 5–18. — 共創デザインの理論的基盤と参加者の役割変容についての論考
- Hillgren, P. A., Seravalli, A., & Emilson, A. (2011). Prototyping and infrastructuring in design for social innovation. CoDesign, 7(3–4), 169–183. — 社会的イノベーションにおけるプロトタイピングと市民参加の実装論
- Kimbell, L. (2011). Rethinking design thinking. Design and Culture, 3(3), 285–306. — デザイン思考の限界と再構成についての批判的考察
- Manzini, E. (2015). Design, When Everybody Designs: An Introduction to Design for Social Innovation. MIT Press. — 社会イノベーションとしてのデザインにおける市民の役割