セザンヌは同じ山をなぜ描き続けたのか——「完成」を決めずに事業を前へ進める判断
ポール・セザンヌは、故郷エクス=アン=プロヴァンスのサント・ヴィクトワール山を生涯に何十回も描いた。同じ題材を繰り返しながら、一枚ごとに答えを更新し、未完成のまま手放すことも恐れなかった。この姿勢を手がかりに、事業で「同じ課題に何度も向き合う」ときの進め方と、完成の線を引く基準を考える。
新規事業の会議で、「その検証は前にもやりました」と言われた経験はないだろうか。同じ顧客、同じ課題、同じ仮説。繰り返しは、進歩がないことの証拠のように扱われやすい。
ポール・セザンヌ(Paul Cézanne, 1839-1906)は、まったく逆の見方をした画家だ。故郷の南フランスにあるサント・ヴィクトワール山を、晩年に向けて何十回も描いた。同じ山を描き続けたのに、後の画家たちは、そこに絵画の転換点を見た。
同じ山を、なぜ繰り返したのか
セザンヌは若いころ、パリで印象派の画家たちと交わり、1874年の第1回印象派展にも出品している。ただ、光の移ろいを素早く捉える印象派のやり方には、物足りなさがあったと伝えられる。彼が求めたのは、移ろう光のなかでも崩れない、ものの構造だった。
その探究の場として、彼は生まれ育ったエクス=アン=プロヴァンスに戻り、近くのサント・ヴィクトワール山を何度も描いた。同じ山を描くのは、飽きずに同じ答えを出すためではない。毎回、問いの立て方を少しずつ変えるためだ。
初期の作品では、山は風景の奥にある遠景として置かれている。後の作品になるほど、手前の木々も山も同じ色の小さな面の集まりとして描かれ、遠近と平面の境目があいまいになっていく。題材が同じだからこそ、変わった部分が、そのまま探究の進み具合を示している。
反復は、同じことの繰り返しではない
事業での繰り返しは、二種類に分かれる。
一つは、前回と同じ手順を、同じ前提でなぞる繰り返しだ。結果が変わらないのは当たり前で、時間だけが過ぎる。
もう一つは、課題を固定したまま、見る角度と試す手段を変える繰り返しだ。セザンヌの山は、こちらにあたる。山という「課題」は動かさない。動かすのは、色の置き方、輪郭の扱い、画面の構成といった「手段」のほうだ。
この区別は、実務で使える。同じ課題に再び向き合うときは、次の二つを書き出す。前回から変えない課題の定義と、今回あえて変える手段だ。変える手段が書けないなら、その繰り返しは探究になっていない。同じことをなぞっているだけだ。
「円筒と球と円錐」という手がかり
セザンヌが若い画家エミール・ベルナールに宛てた1904年の手紙には、自然を円筒、球、円錐として捉えるように、という趣旨の一節がある。複雑に見える対象も、基本的な形に分けて見れば、構造がつかめるという考え方だ。
この言葉は、後のキュビスムの画家たちに強い影響を与えた。ピカソが彼を自分たちの「父」と呼んだという話も、よく知られている。
事業に引き寄せると、複雑な状況を前にしたときの問いになる。この状況を支えている、最も基本的な形は何か。顧客の課題でも、組織の力学でも、細部に目を奪われる前に、骨格を見立てる習慣は役に立つ。
ただし、見立てた骨格は仮のものだ。セザンヌは、一度つかんだ形に安住せず、次の絵でまたそれを疑った。骨格を決めることと、それを疑い続けることは、両立する。
完成させないという判断
セザンヌには、未完成のまま残した作品が多い。画商アンブロワーズ・ヴォラールの肖像を描いたときには、100回近いモデルのポーズを重ねても満足せず、未完成のまま終えたという逸話が伝わっている。
これを、ただの気難しさと読むのはもったいない。彼の画面には、キャンバスの地が見えたままの部分や、輪郭が閉じていない部分が残る。それでも作品として成立している。何を描き込み、何を描かないかを、画面の均衡のために選んでいるからだ。
事業でも、「完成」の基準を最初に決めすぎると、作る側が動けなくなる。逆に、基準をまったく持たなければ、いつまでも手放せない。セザンヌのやり方から引き出せる基準は、次の問いだ。いまの状態で、この先の判断に必要な手がかりは、すでに十分得られているか。得られているなら、残りは未完成のままでも次へ進める。
同じ課題に向き合う、あなたの山は何か
自分の仕事を見渡して、何度も戻ってくる課題を一つ選んでほしい。特定の顧客層でも、ある社内の摩擦でもいい。
その課題に、これまで何回向き合ってきただろうか。そして、そのたびに変えてきた手段は何か。変えていないのなら、次の一回は何を変えるか。
セザンヌは1906年、屋外で絵を描いている最中に雨に降られて体調を崩し、その数日後に亡くなったとされる。最後まで山の前に立ち続けた人だ。同じ山を描き続けることは、立ち止まることとは違う。毎回、少しだけ違う場所から、同じ山を見直すことなのだから。